セックスとの立ち位置を考える
セックスは人類にとって絶対に必要な行為です。
そしてセックスには殆どの場合、快楽が伴います
人にとって、セックスで快楽を得る行為は避けることのできない自然行為です。
しかし、セックスを決して肯定していないように思えます。
その根源は宗教の教えによるという説もあります、どうして宗教ではセックスを肯定的に見られないのでしょうか?
いくら宗教でもセックス全てを否定はできないはず。
では一体、どこまでがセックスとしてOKで
どこからがNGなのか。
ボクの私的な意見をまとめたいと思います。
セックスがイケナイ行為、背信的行為だと思っている人は
コレを呼んで、ご自身でお考えください。
ボクは、ご存知のとおりセックスでオーガズムを得やすくする為の脳トレのCDをオススメしている訳ですが、セックスの全てを奨励している訳ではありません。
セックスはご存知の通り、様々な犯罪、傷害、つまり他人に肉体的、精神的になんらかのダメージを与える原因となります。
いわゆる「性犯罪」がその1つです。
その他に、「セックスレス」も相手にダメージを負わせてしまう現象の1つです。
程度の差こそあれ、どちらも他人にマイナスを与えてしまうというセックスがもつマイナス要因です。
性犯罪は法的に裁かれるが、セックスレスは法的処置は無し。
そこが違うだけだと思っています。
と言って、セックスレスに対して法的にどうにかしろ!とか、性犯罪を裁くなとか言う訳ではありません。
本人に自覚がなくても、「これくらい・・・」と思っていても、相手を追い込んでしまっている事があると言いたいのです。
浮気、不倫、三角関係などについて、ボクは誰からも恨みをかわないのであれば否定しません。
むしろセックスレスの夫婦が居て、どちらかがセックスの欲望を満たせない場合、パートナー以外で満たす道もあっても良いと思います。その場合、事前にパートナーに了承を得る事が必要だと思います。
もし、パートナーが承認しないのなら、変わりの案をパートナーが出すべきだと思います。
2人が楽しく生活していく事を目標に、いろんな事を話し合って利用して過ごしていくべきだと思います。
ボクのセックスに対する立ち位置は
「誰からも恨まれない」
「傷つけない」
「不幸にさせない」
のであれば、セックスについて肯定します。
むしろ、2人の生活を充実させる、人生を充実させる為にセックスをより楽しく、気持ちよくさせる勉強、研究、チャンレンジをしていくべきだと思っています。
